モラルハラスメント脱獄記-モラ母(毒親・毒母)の精神的暴力=DVからプリズンブレイク-

最新更新日:2016/08/29~~記事総数:約400記事(※現在、9割の記事を限定公開設定か、アップ取り止めにしています。)~~モラ母から精神的虐待され続けた、僕とオヤジ、ときどき姉の備忘録&克服記!!&僕が『悲しみ・怒り・憎しみ』などの負の感情に振り回されながらも、それを浄化・克服していく過程を綴った成長記にしたいです。 ~~※当ブログ発足(2010年12月)後の2012年春に、父は末期がんで他界しました。~~※現在、コメント・トラックバックは受付停止してます。~~※記事には星印☆0~5個までの6段階区分けがあります。「読んでいただけたらな」と思う記事ほど星☆が多いです。その分、被害体験などがある心身不調の方々が、調子を崩したり、フラッシュバックなどを起こす可能性が高くなる記事も混じってるかもしれません。※現在、限定公開とアップを取り止めた記事ばかりになっています(全体の9割)。※よろしければ、モラハラ・アンケート調査にご協力下さい。結果も見れます。

September 2014

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(※注意:人によっては体調・精神状態を崩したり、モラハラ・DV被害のフラッシュ・バック等が起こる毒記事かもしれません。)

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  (続き)

父の帰宅願望をさんざん嬲り回して激高させ、泣き叫ばせておきながら、呼吸が激しく乱れてゼーゼーしながら泣いてる父に対してモラ妻は、

『ゆっくり呼吸して!×2』・『鼻で息しんさい!×2』などとほざきながら、父の背中をさすったこともあった。

父は泣きながら、動く側の半身と手だけで身をよじらせて鬼嫁の手を払いのけた。

・・・当たり前だ・・・なぜ今の今、自分を嬲り回して呼吸を乱れさせた「諸悪の根源」に、「ゆっくり呼吸して」などといかにも相手を心配する様なアドバイスをされながら、背中をさすられなければならんのだ・・・

オレだって払いのけるわ。
誰だって触られたくないわ。

バカにしてやがる。


払いのけられたモラ母は、「・・・何でそんなことするん(怒)?そんなことする人は家に連れて帰られん!」などとまたほざきやがった。

バカにしてやがる。


例えば、ここで「ゴメンね、ゴメンね」などとでも連呼しながら背中をさするなら、それはそれでも許せないが、それでも払いのけられるだろうが、少なくとも「自分が呼吸を乱れさせた」事実は背負ってる。

あるいは、その謝罪が帰宅願望を嬲り回したことを指しているなら、自分のしでかした最低限の罪は背負ってると思う。少なくとも認識はできている。

~~(オマエのは背中さすってると見せかけて、精神的にあらぬ方向に背中を押してるんだろ~がよ泣)~~

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(※注意:人によっては体調・精神状態を崩したり、モラハラ・DV被害のフラッシュ・バック等が起こる毒記事かもしれません。)

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  (続き)

モラ母は「本当に家に帰りたい?」連呼モラハラで父をワザと怒らせ、その後に「(病室で)大きな声出さんの!何でそんな声出すん?」・ 「そんな怒る様な人は家に連れて帰られん!」などと公共のマナーや常識を盾に取った様なふざけたモラハラで父を日々ズタボロにしていたが、


日によっては、連呼モラハラ→常識論の悪用の後に

・『今のリハビリの状況じゃあ、家に連れて帰られん!』
・『もっと歩けるようにならんにゃあ、家に連れて帰られん!』
などとほざく日もあった。

その前段階の執拗な「本当に家に帰りたい?」連呼モラハラなしで、リハビリについて父の更なるやる気をうながすためにそれを言ったなら、そこまで間違ってるとは思わなかったと思う。

~(モラ妻独自のリハビリのやらせ方自体が介護虐待に見える、という問題はあるにしても)~

先にさんざん連呼で父を嬲り回しているから、一見まともなこと言ってるっぽい「リハビリ」についての言及も卑怯な弄びにしか僕には聞こえなかった。


・・・何でだよ・・何であんな酷いことしたんだよ、オフクロ・・・

・・・気持ち悪い・・気持ち悪いよ、アンタのやったこと。


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連呼モラハラの最中の僕の割り込みは、全てモラ母の「私はバカじゃけえわからん」の伝家の宝刀・逃げ口上で瞬殺された。

・・・何だ?モラ母がオヤジをもて遊んでるのに「私はバカじゃけえわからん」て・・・

オヤジのセリフが半身付随・失語症で聞き取りづらいのをいいことに、「私はバカじゃけえ(お父さんの聞き取りづらいセリフが)わからん」てか(怒)!

「私はバカじゃけえ(旦那が帰りたがってるかどうか)わからん」てか(怒)!

それとも、「私はバカじゃけえ(旦那を傷つけてることが)わからん」なのか(怒)?

・・・ふざけやがって(怒)!。

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(※注意:人によっては体調・精神状態を崩したり、モラハラ・DV被害のフラッシュ・バック等が起こる毒記事かもしれません。)

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  (続き)

翌日の病室で、父は前日のモラ妻による嬲り回しに負けず、また自ら不意に僕と母の前で『よひっ!!はえおう!!「=よしっ!(家に)帰ろう!!」』と言い出した。昨日よりも強い口調で意思表明した。

まるでモラ嫁に「お願いだ!オレは家に帰りたいんだ!家に帰らせてくれ!『連れて帰れない』とか言わないでくれ!」と示すかの様に・・・

僕にも「帰りたいんだ!オレの味方してくれ!母さんを何とかしてくれ!」と言いたかったのだろうか・・・


それを聞き咎めたモラ母は、

モラ嫁:「・・ねえ、お父さん?本当に家に帰りたい?」

父の意思の出鼻をきっちり挫き、潰しとくかの様に、またモラ妻の「連呼モラハラ」が始まった。

父:「ウン!かえいはい!=(ウン!帰りたい!)」

鬼嫁に抵抗を示すかの様に、昨日よりも強い口調で父は即答した。

モラ妻:「・・・(無言)」

~~自分の望む答えが返ってこなかった様で、不満な様子の鬼嫁の無言の間・・・のはずなのに、いかにも悲しそうな表情を浮かべて父から目を逸らさないモラ嫁。まるで「家に帰らせてあげたいけど・・・可哀想だけど帰れないのよ(悲)・・・」とでも言いたいような。嬲り回して追い込んでるのはオフクロなのに!?気持ち悪い。~~



モラ妻:「・・・ねえ?本当に!家に!帰りたい?」

父:「・・・(無言)」

~~鬼嫁の無言の圧迫とは真逆の父の無言。悲しそうな、不安そうな顔でやはり鬼嫁から目を逸らせない父。こんな無言・絶句ばかり強いられれば、ただでさえ脳梗塞・半身不随の後遺症が出てるのに、輪を掛けてしゃべれなくなっていくと思う。父の「失語症」という診断は、モラ妻の日々の圧迫・虐待のせいでもあったと僕は思っている。~~


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(※注意:人によっては体調・精神状態を崩したり、モラハラ・DV被害のフラッシュ・バック等が起こる毒記事かもしれません。)

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  (続き)

病室で、父が『よひっ!!はえおう!!「=よしっ!(家に)帰ろう!!」』と不意に意思表明をし、

それを受けて僕が『お~!その意気じゃあ!いいこと言うじゃん、オヤジ!!もう少しで帰れるで~!!』という様なことを言ったすぐ後に、

モラ母は父の真正面に座って正対し、こんなことを父に言い出した。


モラ母:「・・ねえ、お父さん?本当に家に帰りたい?」
~神妙に真面目な話をするかの様な口調で~

オヤジ:「ウン!かえいはい!=(ウン!帰りたい!)」

父は即答だった。

モラ妻:「・・・ねえ?本当に家に帰りたい?」

オヤジ:「ウン!かえいはい!」

僕:「・・・?(無言:嫌な予感がしたと思う)」

モラ嫁:「・・・ねえ?本当に!家に!帰りたい?」

モラ母の口調が少しずつ強くなり始めていた。でも、ものすごく冷静に脅していた。

オヤジ:「・・・ウン・・かえ・いはい・・」

父の顔が曇り始めた。不安そうな返事だった。

僕:「!!(絶句)」

数ヶ月前に僕の初相談を嬲り回し、担当医師をキレさせた、同じセリフの「連呼」で自分の要求を通そうとする、自分に都合の良い状況を作り出そうとするモラ母の得意技が始まっていた。

~~(車椅子に座っている父の目の前にしゃがんで連呼しているモラ母。上から見下ろしているわけではなく、目の高さは父より下になっていたが、要求している内容は脅迫だった。父の手こそ掴んでいなかったものの、時折モラ母がまるで幼児を叱る時の様に父の両手を持って強く揺さぶりながら、「いいっ!アンタはバカなんよねええ(怒)!」と激高してなじる距離・体勢と同じだった。)~~


鬼嫁:「・・・ねえ、お父さん!本当に!家に!帰りたい?」
~ますます、強い口調で、でも冷静に~

傍で見てて、どう考えても「(訳):帰りたくないって言え!」にしか聞こえなかった。
脅迫そのものだった。

オヤジ:「!!!(泣)」

半身不随の父の顔が、顔の片側だけで子供が泣く時の顔の様に歪んだ。

鬼嫁はそんな父の顔から一切目を逸らさなかった。


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あれは約10年前の夏の終わり頃、今ぐらいの季節のことだった。

僕・父・母の3人で父が入所できそうな施設見学に行ったことがあるけど、その後数日以内のことだったと思う。


ある日、病室で親子3人何もしゃべらずまったり過ごしていた時のこと。

父が不意に、『よひっ!!はえおう!!(=よしっ!帰ろう!!)』と強い口調で言った。

半身不随で体の右側が動かないため(口も)に聞き取りづらかったけど、僕には父のセリフが明らかに「よしっ!(家に)帰ろう!」に聞こえた。

「家に帰りたい」という父の表明、僕はそう受け取った。

~~(父は最期まで別に入れ歯は入れなかった。部分入れ歯も入れておらず、最後まで自前の歯はかなり残っていた。入れ歯を外している時の様に受け取れるしゃべり方を今までも書いたことあるけど、それは半身不随の後遺症です。)~~


父は「よひっ!!はえおう!!」を何度か連呼した。独白と言うよりは、僕と母に聞かせて「帰りたい」意思を示すかの様に。

父の目には決意とまで言えるほどの力強さは感じなかったけど、希望の色が浮かんでいる様に僕には見えた。ついこの間まで絶望の眼差しをしていた人間が、生きる希望を見出した様に僕には見えた。

~~(父は施設見学の後にこのセリフを言った。施設入所が現時点(当時)では厳しいことは、父も感じていたはず。いや、初めから施設入所は嫌で、見学も乗り気じゃなかったんじゃないかと。この時点まで、僕は父の意思を確認していなかった。母もしてなかったと思う。未確認のまま施設見学にも行ってたはずだし、父も交えてその辺りの話し合いなどしたことはなかった。)~~


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