(※人によってはフラッシュバックを起こしたり、調子を崩したりする記事かもしれません。今後、このタイプの記事がしばらく増えてくると思います。)

  (続き)

モラ母は、「父さんがアンタが味方だと思って反抗ばっかするじゃない(怒)!」・「アンタがおらん時はこんなことなかった(怒)!」ともよく僕に言ってきた。

僕は半信半疑だった。それが本当の様な気もしたし、オフクロの嘘の様な気もした。事実はどっちかわからない。

また、叔父がモラ妻のスパルタ・リハビリを「酷い」とも思ったけど、「兄貴が歩けるようになったけえ、それで良かったんだ」と語ったという話も、「言いたいのは『酷い』の方なんじゃ・・・」と僕は思っていた。

『・・・たしかにオフクロの努力の甲斐かもしれんけど・・・ホンマにそうか?むしろもっと歩けるようになってたところを、オヤジの心を折りまくって邪魔してる可能性もあるんじゃないか?』とも僕は考えた。もちろん、そんなことモラ母本人には言わなかったし言えるわけないけど・・・

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僕は父が泣いているのを目の当たりにして、それに触発されて、何度もモラ母に物申したしリハビリを変わろうともしたけど、その度にモラ母にはねつけられた。

何度も「・・・でもなあ・・・」と堂々巡りで悩んだ。でも、僕の主観だけど最優先すべきは『父の眼への対処』の様に思えた。『・・いやあ、オヤジのあの眼はどう考えてもヤバイだろ、死にそうだって・・・主観でも何でもいいからオフクロのやり方をどうにかしないと・・・』と思った。

何度も物申すうちに、

モラ母:『・・・アンタって嫌味なヤツじゃね(冷)(悲)・・・』
とも言われた。


モラ母:『どうせ私はバカじゃけえね(怒)!』

僕:『誰もそんなこと言っとらんだろうがあ!!』

毒母:『だったらアンタ、ゴハンつくってみんさいや(怒)!』

僕:『!!』

とお決まり・無理やりのモラ母流:「伝家の宝刀」も飛び出してきた。「・・そうだった・・・そう言えば、こんなん言って相手を黙らそうとするヤツだった・・・」と僕は自分が中学・高校生だった頃を思い出した。

~~(今から思うと、僕がモラ母の「恨み」を買っただけで終わった気がする。だから、「アンタは本ばっか読むけえ、そう(ウツなど)なるんよねえ!」という嫌味を引き出したのかも・・・)~~

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モラ母が父を引っ張りまわし、モラ母の暴言が飛び出たり父が泣きまくってる時に、僕は病室を飛び出してロビーのソファに半ば倒れ込む様にして座り込んだことは何度もある。

『・・・もうダメだああ・・・どうやってもあのオフクロは止められねえよをを・・・』と僕自身が泣きながら何度も思った。

父ほどではないけど、父に釣られてなのか何なのか、僕の呼吸や動悸も上がって苦しくなっていた。

ソファに両爪を立てたり、背もたれにしな垂れる様に片手で掴まりつつ、逆の手で背もたれにパンチを入れたりしながら涙をこらえようとしたりもした。

脳みそが重たくて重たくて立ってられなくて、そのままうつ伏せが崩れた様な格好でソファに寝転んだまま、しばらくじっとしていたことも何度もある。

病院のスタッフに『どうしました?大丈夫ですか?』と声をかけられたこともあった。僕は『・・すいません・・・大丈夫です・・・』とソファに座り直した。

そして、夜は実家の屋上で過ごしていた僕だった。


そうやって病院通いが過ぎていったある日の病院帰りの車中で、モラ母の口から医者とのやり取りが語られた。父の担当医師の口から『自殺』という言葉が出ていた。

   (続く)


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