(※人によってはフラッシュバックを起こしたり、調子を崩したりする記事かもしれないのでご注意下さい。今後、このタイプの記事がしばらく増えてくると思います。)

~~~~~~~

十数年前に父が脳梗塞で倒れて要介護認定5になって以降、モラ母は機嫌が悪い時に何度も父に『バカ』と罵った。

・『いいっ?アンタはバカなんよねえ(怒)!』

・『いいっ?アンタはバカなんよねえ(怒)!バカなんよねええ(怒)!!バカなんよねえええ(怒)!!!』

3回連呼することも多かった。

幼児を叱る時の仕草の如く、鬼嫁が父の両手を握って強く揺らしながら、そのモラハラ暴言を父の顔の前でがなり立てることも多かった。その時の母の顔は傍から見ていたら、怒りの顔にも見えたし、泣いてる顔の様にも僕には見えた。

~~(この憎しみの顔を真正面かつ至近距離でされながら、「言われたくない」暴言を吐かれた時のダメージ、その後の後遺症を僕はよく知っている。)~~

父が母にこの様な暴言を吐かれてるのを傍から見ただけでも、僕は呼吸が乱れたり、心臓付近が強く締め付けられる様に痛くなったり、立ってられなくなったりした。


モラ母は『私はバカだから・・・』が口癖だったし、『どうせ私はバカじゃけえねえ(怒)!』という壊滅的な逃げ口上のセリフを多様して、家族内でいつも自分に都合の良い状況をつくるのが上手かった。逃げ口上で相手に何も言わせないようにしていた。

常に自分が被害者となるゲームを周囲に仕掛け、『負の選民意識』を操り、被害者の立場から近しい人間を貶めて自分に有利な状況を保つのが上手かった。

下手(したて)に出てる様に見せかけて、いつも強気で上から目線だった、後から思えば。僻み根性が丸出しだった。

父と結婚して実家を出るまでは、モラ母はよく親や兄弟から『オマエはバカだ』とバカにされたらしい。僕や姉によくそう愚痴っていた。僕や姉は母の一方的な愚痴の聞き役に無理やり任命されていたから。

実家で植え付けられた『バカ』を父になすりつけて自分が楽になろうとするかの様に、自分より下の『バカ』を無理やり作り上げるかの様に、モラ母は父に対して長年『バカ』と罵り続け、ついには父の最期の言葉が『バカ』になってしまうほどに、父を『バカ殺し』にした。

何度も『バカ』と連呼された後の父は泣きじゃくり、ヒックヒックと軽くひきつけも起こしてるのに呼吸を整える時間も与えられず、その状態のままでモラ嫁に地獄の歩行訓練などをさせられることも多かった。

~~(この時、父はおそらく心臓付近が締め付けられるかの様に痛かったと思う。それでも、無理やり歩かされていたと思う。僕にはその痛みの症状が出ていたし、『心筋梗塞』になっててもおかしくない胸の痛み・・・痛みを「痛くないことにする」モラ母に痛みを訴えることは無駄だった。結果父は痛みを訴えることを諦めてしまっていたかもしれないし、末期ガンの痛みを訴えることもしなかったかもしれない・・・)~~


父の顔はいつも泣き顔だった。「死にたがっている」様に見えた最悪の状況の顔つき・雰囲気からは幾分マシになった後も、悲しみに沈んだ顔、キョトンとしたような顔をしてる時間が多かった。常にモラ母から虐待される中で、目つき・顔つきが安定することは死ぬまでなかったと思う。

父に暴言を吐きまくって毒を相手に無理やり持たせた後のモラ母は、辻褄合わせをするかの様に父に優しくなるパターンが多かった。いわゆる『ハネムーン期』というやつだった。


(↓当ブログを応援して下さる方は、クリックして下さると励みになります。いつも読んで下さってありがとうございます。)
にほんブログ村 家族ブログ DV・モラハラへ
にほんブログ村
にほんブログ村 家族ブログ 家庭崩壊・機能不全家族へ
にほんブログ村


DV・モラハラ ブログランキングへ