(続き)

母が連呼モラハラで連日父を嬲り回していた期間、その比較的早い段階で僕は思った。

『・・・オヤジに対するオフクロのこの悪意は、もしかしてオレにも言ってるんじゃないか?』と。


『オフクロはオレに対して「早く大学に帰れ」と言いたいんじゃ・・・オヤジを利用して、オレに遠回しに「オマエは帰られん=実家にいてはいけない=早く帰れ=オマエが戻らない限り、父さんを代わりにいたぶり続けるぞ!」と言いたい脅しなんじゃ、これは・・・』と思ってしまった。


父のリハビリ入院期間中、母は僕を引き合いに使って父を怒鳴り上げることがあった。

・『鳴鹿が味方だと思ったら大間違いよ(怒)!』


さも僕が悪いかの様に言われたこともあった。

・『アンタが味方だと思って、父さんが反抗ばっかするじゃない(怒)!』


僕と父が楽しく雑談しているのに遭遇したら、何か含んだ様な物言いをしてきたこともあった。

・『・・・アンタら、楽しそうじゃね(冷)・・・』

などなど。


僕はこの頃、母の前ではなるべく父と楽しく会話している様に見えない様に、なるべく父にフレンドリーに話しかけない様に気をつけていた記憶がある。

~~~~~~~

そもそも、中学・高校時代の頃の僕は、父を虐待していた母と共犯関係であり、父のことを毛嫌いしていた。

母が父に貼る悪意のレッテルに多少の疑問も持っていたとは思うけど、今に比べたらその意識レベルが全然低い段階だった。

10代の頃の僕に、母の「父と息子」分離作戦、「息子が父親を嫌う様に仕向ける」作戦は大成功していた。


そして、母のこの連呼モラハラが始まった時も、『オレが勝手に「家に帰れる」っぽいことをオヤジに言ったせいなんじゃ・・・だからオフクロはオヤジを攻撃するんじゃ・・・』とは最初から思っていた。

そう、思わされていた。

~~~~~~~

10年前当時、母は常々よく僕に「アンタは考え過ぎ!」などとほざいていたけど、標的に悪意をぶつけて『考えさせて、振り回して、嬲り回して、わけがわからなくする、ウツにする』ことが母のやり方だった、今から思えば。

もちろん、僕が考え過ぎなのも本当ではあったし、「認知の歪み」でもあった。

ウツ状態がずっと続いていたせいでもあったと思う。

でも、その発祥は母からぶつけられる悪意だった。

何も考えずに感覚的に周囲の人間を貶めていく様に感じられた母を、母の悪意の言動を、僕は分析して理解しようとすることによって、僕はどんどん考え過ぎのスパイラルに落ちていった様に思う。

それは、今現在もなんだと思う。

当ブログ自体にそういう面がある。

機能不全家族内でまるで母を補完するかの様に、母の悪意ある無意識行動を意識的に分析していく僕・・・母が考えずに悪意を飛ばす(様に見える)からこそ、子供の僕が考え過ぎる様になっていく・・・家族内での役割と言うか、上の子が責任感が強いしっかり者になれば、下の子が自由奔放・甘え上手になるという様なこととも共通点がある様に思う、家族内メカニズムとして。


~~(この10年前当時はまだモラハラを知らなくて、「悪意ある天然ボケ」というネーミングで母を理解しようとしてましたし。案外、女性の方が同姓に厳しくて「天然ボケなわけないじゃん!確信犯に決まってんじゃん!」という意見もあったりするのかもしれないけど。「ぶりっこ」などには特に。)~~


~~~~~~~


そして、この連呼モラハラ執行中も、僕はどんどん『・・・オレのせいでオヤジがオフクロに攻撃されてる・・』と思う様になっていった。


  (続く)


(↓当ブログを応援して下さる方は、下記をクリックして下さるとポイントが入ってランキング順位に反映されるので、僕の励みになります。いつも読んで下さってありがとうございます。)
にほんブログ村 家族ブログ DV・モラハラへ
にほんブログ村
にほんブログ村 家族ブログ 家庭崩壊・機能不全家族へ
にほんブログ村
にほんブログ村 家族ブログ 毒親へ
にほんブログ村


DV・モラハラ ブログランキングへ

毒親 ブログランキングへ