(続き)

僕は久しぶりの新幹線や人込みの中で、「パニック発作」の様な状態になっていたと思う。

『・・・いいのか?このまま下宿先に戻っていいのか?「オヤジが死んだ」という連絡があって、すぐにトンボ帰りすることになるんじゃないのか?・・・怖い・・・怖い・・・実家にいるのも、大学に戻るのもどっちも怖い・・・座席に座ってるのも、人込みも怖い・・・どうすればいいんだ?オレは一体どうすればいいんだ?』

などと新幹線の席に座ってる間、終始そんなことで頭がいっぱいになっていたと思う。

脇の下や手に汗をぐっしょりかき、呼吸も乱れていたと思う。

~~(そう言えば、実家と大学を帰省で往復する時は、電車・バス内などでいつも緊張から汗をかいていたことを思い出した。)~~

目にも緊張ですごい力が入っていた感触の記憶がある。

~~(これを書いてる最中に、目の周りの皮膚や筋肉に当時の感触が蘇ってきた。)~~



僕はもう何を考えていいかわからなくなって、全てが怖くて、大阪で途中下車した。切符は東京まで買っていたのに。

駅のホームのベンチや、改札口近くのベンチにぐったり座って何時間も過ごした。

その後、地元までの切符を買って、日帰りで実家に帰ってしまった。

交通費数万円が無駄になった。
~~~~~~~

母に『ハアッ?アンタ何やっとん(笑)?』という様なことを言われたけど、僕は『下宿先まで戻って、部屋を掃除して帰ってきた』と嘘をついた。


そして、翌日以降・・・

母はなぜか連呼モラハラを言わなくなった。

「ねえ?本当に家に帰りたい?」の流れで、父を嬲り回すのを母はなぜかやめた。

少なくとも、僕はそれ以降に父の帰宅願望を嬲り回す母の連呼モラハラを聞くことはなかった。


・・・なぜ、止まったんだ?

正攻法の掛け合い、母の話のターンをきっちり守っての止めようとした会話では、決して嬲り回しをやめようとはしなかったくせに(今から思えば、母にはそんなの逆効果でやめるわけないんだけど)。


・・・僕のわけわからん「日帰り往復」で、母の中の悪意が満たされたのだろうか?連日努めて冷酷に父を嬲り回しておいて、今さら反省したわけでもあるまいに・・・

モラの「ハネムーン期」が訪れた様なものだったのだろうか?


~~~~~~~

その数週間後、大学の後期過程が始まる10月に合わせて、僕は大学に戻った。

今度は日帰りはしなかった。


春に実家に出戻ってきてからの数ヶ月間、僕の当初の目的は母に「人生初相談」をして、心療内科に初めて行ってみることだった。

その目的は母の嬲り回し・連呼モラハラで早々に潰された。

その後、「就活準備や心身の健康状態を整える」目標に切り替えたけど、母のモラハラを毎日の様に受けて、結局は春に出戻ってきた時よりかは幾分マシぐらいのボロボロの状態で、大学へと戻った僕だった。


帰宅願望を嬲り回されまくった父も、結局は年末までに自宅介護になって家に戻った。


約10年前の今頃の季節の話です。


 2014/10/19 ナルシカ



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