無題

※当ブログは2015/03/18をもって一応終了とさせていただきました。※最新更新日:2016/08/29~~記事総数:約400記事(※現在、9割の記事を限定公開設定か、アップ取り止めにしています。)~~モラ母から精神的虐待され続けた、僕とオヤジ、ときどき姉の備忘録&克服記!!&僕が『悲しみ・怒り・憎しみ』などの負の感情に振り回されながらも、それを浄化・克服していく過程を綴った成長記にしたいです。 ~~~~※現在、コメント・トラックバックは受付停止してます。~~※記事には星印☆0~5個までの6段階区分けがあります。「読んでいただけたらな」と思う記事ほど星☆が多いです。その分、被害体験などがある心身不調の方々が、調子を崩したり、フラッシュバックなどを起こす可能性が高くなる記事も混じってるかもしれません。※現在、限定公開とアップを取り止めた記事ばかりになっています(全体の9割)。

カテゴリ: 過去編その2

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(※注意:人によっては体調・精神状態を崩したり、モラハラ・DV被害のフラッシュ・バック等が起こる毒記事かもしれません。)

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  (続き)

翌日の病室で、父は前日のモラ妻による嬲り回しに負けず、また自ら不意に僕と母の前で『よひっ!!はえおう!!「=よしっ!(家に)帰ろう!!」』と言い出した。昨日よりも強い口調で意思表明した。

まるでモラ嫁に「お願いだ!オレは家に帰りたいんだ!家に帰らせてくれ!『連れて帰れない』とか言わないでくれ!」と示すかの様に・・・

僕にも「帰りたいんだ!オレの味方してくれ!母さんを何とかしてくれ!」と言いたかったのだろうか・・・


それを聞き咎めたモラ母は、

モラ嫁:「・・ねえ、お父さん?本当に家に帰りたい?」

父の意思の出鼻をきっちり挫き、潰しとくかの様に、またモラ妻の「連呼モラハラ」が始まった。

父:「ウン!かえいはい!=(ウン!帰りたい!)」

鬼嫁に抵抗を示すかの様に、昨日よりも強い口調で父は即答した。

モラ妻:「・・・(無言)」

~~自分の望む答えが返ってこなかった様で、不満な様子の鬼嫁の無言の間・・・のはずなのに、いかにも悲しそうな表情を浮かべて父から目を逸らさないモラ嫁。まるで「家に帰らせてあげたいけど・・・可哀想だけど帰れないのよ(悲)・・・」とでも言いたいような。嬲り回して追い込んでるのはオフクロなのに!?気持ち悪い。~~



モラ妻:「・・・ねえ?本当に!家に!帰りたい?」

父:「・・・(無言)」

~~鬼嫁の無言の圧迫とは真逆の父の無言。悲しそうな、不安そうな顔でやはり鬼嫁から目を逸らせない父。こんな無言・絶句ばかり強いられれば、ただでさえ脳梗塞・半身不随の後遺症が出てるのに、輪を掛けてしゃべれなくなっていくと思う。父の「失語症」という診断は、モラ妻の日々の圧迫・虐待のせいでもあったと僕は思っている。~~


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(※注意:人によっては体調・精神状態を崩したり、モラハラ・DV被害のフラッシュ・バック等が起こる毒記事かもしれません。)

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  (続き)

病室で、父が『よひっ!!はえおう!!「=よしっ!(家に)帰ろう!!」』と不意に意思表明をし、

それを受けて僕が『お~!その意気じゃあ!いいこと言うじゃん、オヤジ!!もう少しで帰れるで~!!』という様なことを言ったすぐ後に、

モラ母は父の真正面に座って正対し、こんなことを父に言い出した。


モラ母:「・・ねえ、お父さん?本当に家に帰りたい?」
~神妙に真面目な話をするかの様な口調で~

オヤジ:「ウン!かえいはい!=(ウン!帰りたい!)」

父は即答だった。

モラ妻:「・・・ねえ?本当に家に帰りたい?」

オヤジ:「ウン!かえいはい!」

僕:「・・・?(無言:嫌な予感がしたと思う)」

モラ嫁:「・・・ねえ?本当に!家に!帰りたい?」

モラ母の口調が少しずつ強くなり始めていた。でも、ものすごく冷静に脅していた。

オヤジ:「・・・ウン・・かえ・いはい・・」

父の顔が曇り始めた。不安そうな返事だった。

僕:「!!(絶句)」

数ヶ月前に僕の初相談を嬲り回し、担当医師をキレさせた、同じセリフの「連呼」で自分の要求を通そうとする、自分に都合の良い状況を作り出そうとするモラ母の得意技が始まっていた。

~~(車椅子に座っている父の目の前にしゃがんで連呼しているモラ母。上から見下ろしているわけではなく、目の高さは父より下になっていたが、要求している内容は脅迫だった。父の手こそ掴んでいなかったものの、時折モラ母がまるで幼児を叱る時の様に父の両手を持って強く揺さぶりながら、「いいっ!アンタはバカなんよねええ(怒)!」と激高してなじる距離・体勢と同じだった。)~~


鬼嫁:「・・・ねえ、お父さん!本当に!家に!帰りたい?」
~ますます、強い口調で、でも冷静に~

傍で見てて、どう考えても「(訳):帰りたくないって言え!」にしか聞こえなかった。
脅迫そのものだった。

オヤジ:「!!!(泣)」

半身不随の父の顔が、顔の片側だけで子供が泣く時の顔の様に歪んだ。

鬼嫁はそんな父の顔から一切目を逸らさなかった。


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あれは約10年前の夏の終わり頃、今ぐらいの季節のことだった。

僕・父・母の3人で父が入所できそうな施設見学に行ったことがあるけど、その後数日以内のことだったと思う。


ある日、病室で親子3人何もしゃべらずまったり過ごしていた時のこと。

父が不意に、『よひっ!!はえおう!!(=よしっ!帰ろう!!)』と強い口調で言った。

半身不随で体の右側が動かないため(口も)に聞き取りづらかったけど、僕には父のセリフが明らかに「よしっ!(家に)帰ろう!」に聞こえた。

「家に帰りたい」という父の表明、僕はそう受け取った。

~~(父は最期まで別に入れ歯は入れなかった。部分入れ歯も入れておらず、最後まで自前の歯はかなり残っていた。入れ歯を外している時の様に受け取れるしゃべり方を今までも書いたことあるけど、それは半身不随の後遺症です。)~~


父は「よひっ!!はえおう!!」を何度か連呼した。独白と言うよりは、僕と母に聞かせて「帰りたい」意思を示すかの様に。

父の目には決意とまで言えるほどの力強さは感じなかったけど、希望の色が浮かんでいる様に僕には見えた。ついこの間まで絶望の眼差しをしていた人間が、生きる希望を見出した様に僕には見えた。

~~(父は施設見学の後にこのセリフを言った。施設入所が現時点(当時)では厳しいことは、父も感じていたはず。いや、初めから施設入所は嫌で、見学も乗り気じゃなかったんじゃないかと。この時点まで、僕は父の意思を確認していなかった。母もしてなかったと思う。未確認のまま施設見学にも行ってたはずだし、父も交えてその辺りの話し合いなどしたことはなかった。)~~


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(※人によってはフラッシュバックを起こしたり、調子を崩したりする記事かもしれません。今後、このタイプの記事がしばらく増えてくると思います。おまけに今回は長文です。)

  (続き)

病院帰りの車中で、毒母の口から父の担当医師と一悶着あったことを聞いた数日後のこと。

僕と毒母は担当医師に呼ばれて、父の現状やこれからの治療・リハビリ方針などについて説明を受けた。

この時の僕はかなりウツが酷く、頭がかなり重い状態だった。医師が説明している最中もずっと意識にモヤがかかった様な状態で、集中力散漫だった。座って話を聞いてるだけでもしんどい感じだった。目も虚ろだったかもしれない。


医師の話で覚えているのは途中からで、父のリハビリ方針の話だけ・・・

話の流れの中で、

毒母:『前の病院では、(旦那は)もっと歩いたり、他のリハビリもやってくれてたから、リハビリのメニューを変えてもっとやらせて欲しいんですよ。』という主旨のことを言い出した。

~~(前の病院=父が単身赴任中に脳梗塞で倒れた後、最初に搬送された病院。それから約2~3カ月後にこの地元の病院に転院した。毒母は僕にも「前の病院ではもっと色々リハビリをやってくれていた(=この病院のメニューでは足りないから、独自にやらせる)」と何度もグチっていた。僕は「本当に前の病院ではそんなにやってたのか?」と半信半疑だった。)~~

ドクター:『奥さん、それはウチの療法士が判断しますので。前の病院では、ご主人にもっとリハビリをさせてたかもしれませんが、ウチの療法士は今のメニューが適切と判断してるわけなんですよ。ご主人の運動能力がもっと回復したら、その時にそれは考えましょう。』

大体その様なことを医者は言った。

毒母:『でも~前の病院ではもっとやってたからあ・・・リハビリは早くやらないと回復しにくくなるって言うしい・・・』

ドクター:『奥さん、お気持ちはわかりますけどね。でも、ウチの療法士はご主人がまだそこまでの状態に回復していないという判断なんですよ。ご理解下さい。』

毒母:『でも~前の病院ではもっとやってたからあ・・・』

ドクター:『奥さん、前の病院ではやってたかもしれませんけどね、ウチの療法士は実際にご主人を見て、今のメニューが適切と判断してるんですよ。ウチにはウチの方針がありますので、申し訳ないですけどそこはご理解下さい。ご主人の回復具合が良い様でしたら、またその時に考えますので。』

~~(担当医師は別に高圧的・横柄でもなく、むしろ物腰も丁寧で患者・家族の話を聞いてくれる良い先生の様に僕には感じられた。毒母の話も途中で打ち切ったりせず、きちんと受け答えしてくれてることからもそれはうかがえた。その上で病院・療法士の方針も述べて理解を求めてたし、「申し訳ないですけど」とも言ってくれていた。)~~

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(※人によってはフラッシュバックを起こしたり、調子を崩したりする記事かもしれません。今後、このタイプの記事がしばらく増えてくると思います。)

  (続き)

今から約10年前、ある日の病院帰りの車の中で、モラ母はこんな話をし始めた。

~~(この時、運転はモラ母である)~~

父の担当医師に、『旦那さんが夜(消灯後)にナースコールも押さずにベッドを抜け出して、どこかへ行こうとする・・・』と言われたと・・・

僕はこの事実をモラ母の口から聞いた時の感覚を思い出せない・・・血の気が引いた様な気もするし、嫌な予感がしただけの様な気もする。ウツの状態が悪くて、あまり心に響いてなかった気もする・・・

でも、反応は鈍くなってた時だったとしても、『自殺』はすぐに連想したはずだ。何より僕は「医師がモラ母にその事実を告げる」前から、『オヤジの目がヤバイ、オヤジは死にたがっている』と考えてたし、モラ母に対して色々アクションを起こしていた(全部失敗したけど)。そして、僕自身も夜な夜な実家の屋上に登って奇行を繰り返していた。

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医者はモラ母に対して、こんな提案をしたらしい。

『ベッドの(外せる部分の)柵を紐で固定して、どこかへ行けない様にしましょう』と。

病院のベッドは、「人がベッドに上がり下りする箇所の柵が部分的に外れる様になってる」タイプが多いと思うけど、

・その部分を消灯中だけベッドの他の部分と紐でつないで固定
   ↓
・柵が取れない様にすれば、半身不随の父は柵を越えられない
   ↓
・父は勝手にどこかへ行けない

という対策らしかった。

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僕はモラ母に確認してみた。

『・・・それって、「オヤジの体をベッドに紐で縛るなりして・・・動けない様にする」ってこと?』と。

モラ母は、『いや、違う。ベッドの柵だけ固定。父さんが紐で繋がれたりするわけじゃない。』と間違いなく言った。

医者の提案は父自身を『身体拘束』するのではなく、ベッドだけ固定するものだった。モラ母はそれを明らかに認識できていた。

僕はベッドだけの固定なら問題ないと思った。むしろ、「こちらからお願いして、是非やってもらいたい」ぐらいに思った。

~~(今から思うに、正直なところ、最悪『身体拘束』も止む得ない状況だったと僕は思う。仮に父の体がもっと動ける状態だったら、ベッドの柵さえも飛び越えることができたかもしれない。本当に父が「自殺」を考えていたなら、一時的に身体拘束するのは止むを得ない、と僕は考える。少ない当直スタッフに、つきっきりで看てもらうことなんてできっこないし、それを望むのも間違ってると思うし。)~~

~~(身体拘束が法的にどうなのかはわからない。ベッドの柵だけを固定するのは問題ないと思うが、これも法的にどうなのかは正しくはわからない。)~~



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