今現在だから思うことだけど、約10年前のあの時、『父が夜中に病室のベッドを抜け出してどこかへ行こうとしていた』あの時期、僕はあちこちに相談しまくれば良かったのだと思う。相談しまくることができれば良かったのに、と思う。

まずは姉に。
疎遠だったけど親戚に。
モラ母を飛び越えて担当医師や病院スタッフにだって。

当時ウツめいてた僕に、夜中に実家マンションの屋上で奇行を繰り返していた僕に、あの問題を1人で解決できるはずもなかった。1人で抱え込む必要なんて全くなかった(ということに今さら気付いた)。

モラ母が全くとり合ってくれないなら、どんなに自分の主観だろうと、「1人で持ち切れない重み」を持ってもらおうと行動すれば良かった。

・『オヤジの目つきがおかしい。あの目は絶望して死にたがっていると思う。』
・『そんな状態のオヤジに、オフクロのあのスパルタ・リハビリは下手したら背中を押すと思う。』

と、主観だろうが、迷惑かけようが、とり合ってもらえなかろうが、「オマエの方が間違ってる・考え過ぎ」などと僕が言われようが、ガンガン相談すれば良かった。実際の父を見てもらえばよかった。そのうちに、何か対策めいたものを誰かが教えてくれたかもしれないのに。

1人で答えを見つけようとする必要なんてなかったのだ。僕が答えを見つける必要すらなかった。誰か他の人でも良かった。1人で抱え込むから、答えを見つけようとするから、間違うし、行動が偏って過激になる。良くも悪くも人を巻き込むべきだった。
~~(これは多分、僕・姉・父・母の全員に言えるんだと思う。あの機能不全家族では、バラバラに動くのが普通だったけど。)~~

あの時、オヤジが死ななかったのは結果論に過ぎないのかもしれない。最悪の事態もありえた。あの時は本当に緊急事態だったんじゃないだろうか・・・

でも、あの時、僕には父の緊急性を『誰かに相談するという発想』が一度も頭に思い浮かばなかった。


~~(10年前の当時から今現在まで、僕は父の担当医師の口から出た事実・言葉を姉には伝えていない。今日まで誰にも言っていない。今回、当ブログに書いたのが始めて。『オフクロが医者をキレさせた』とは、3年前に父の末期ガンが発覚した時の家族会議の流れで姉に言ったけど、詳細までは言わなかった。)~~

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